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FlyingHigh1986

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"Again, you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something"

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2014.05
05
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今日は兵庫県の三田市、あかしあ台に行ってきました。

小学1~3年生の3年間しか住んでいなかった町ですが、
今でも心の奥に鮮明な記憶が残る、想い出の故郷です。

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想い出の公園。

この東京タワー型のジャングルジムに登るのが好きでした。

もっともっと高いイメージでしたが、思ったほど高いものでは無かったですね。

子どもが落ちたりしたら危ないので無くなっちゃってるかな~と密かに不安でしたが、
ちゃんと残っていてなによりでした。

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妹の通っていた幼稚園。

ここで行われた夏祭りで、小学校の友達からヨーヨー釣りのための50円をもらい、
その旨を夕飯時に親に喜んで報告したらめちゃくちゃ怒られた。

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ここは友達インナー(稲田くん)の家の前。

このフェンスの向こう側は昔は荒地で、何もありませんでした。

インナーの家はまだ残っていて、なんだかしみじみしました。

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ここは本当に緑の多い町です。

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小学校の校門の前の道。

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小学校の外庭。

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小学校の校庭。

一輪車が流行っていた記憶があります。

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放課後、ここを駆け抜けた。

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あのネットの向こうにも、昔は何もなかった。

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下駄箱。

飛び出していく自分が目に浮かぶ。

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職員室前の廊下。

先生は二人覚えていて、両方とも女性。

一人は旦那さんが絵本の作家さんで、
阪神淡路大震災の後に書いた、震災をテーマにした絵本を、
転勤で東京に引っ越す僕にくれたことを覚えています。

もう一人は、クレヨンしんちゃんのミドリ先生と同じイメージの女性。

宝塚ファミリーランド(名前はうろ覚え)への遠足中、
道路に飛び出して車に轢かれそうになり怒られたのを覚えています。

どちらの先生も名前、ちゃんと覚えてないなぁ。

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キャンバスに青い絵の具で描いたような校舎。

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ここが教室の目の前の庭で、ここでゴム飛びをしていました。

僕らは、女子とゴム飛びするような軟弱な男子だったのです。

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教室。

机の数からしてあまり大きなクラスではなかったみたいですね。

学んだことはあまり覚えてない。

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中庭。

花いちもんめ、スカートめくり戦争が行われていました。

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開放的でいて、大きすぎず、のびのびと生徒が育つ、良い学び舎だと思います。

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家へと向かう道。

この校門をくぐることももうないんだろうな。

(ちなみに、校門には「関係者以外立ち入りを禁ずる」と書かれていました。
勝手に入ったけど、OBは関係者という理解で問題ないでしょうか。)

さらば母校!

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あかしあ台は、東京でいうところの多摩センターに近いものがあります。

大阪や神戸まで電車や車でそこそこの距離というアクセスの良いポイントの山を切り拓き、
綺麗なマンションや大きな一軒家をたくさん建てて作られた町です。

公園もたくさんあって、道も広くて、とても住みよい町です。

町はそこに住む人の内面を形作るような気がします。

東京の鬱蒼としたコンクリートジャングルで住むより、ここで育つほうが、
他人に親切で、優しい人間に成長するような気がします。

大袈裟な話、警察がいなくても、事件なんて起きないんじゃないかなぁ、って、そんな気すらします。

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ここは美味しいパスタのお店があった場所でしたが、スーパーになっていました。
なんかショック。

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ここも駄菓子屋でしたが、ただの八百屋に。
とてもショック。

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しかし公園の多い町です。

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緑の多い町です、

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正式な名前は覚えていませんが、通称機関車公園。

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D51?だったんですね。
中に入ることもできます。

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僕の家へ続く道。

ここを通って、スイミングスクールや、コンビニ(当時一つしかなかった)に向かいました。

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僕のサッカー練習場。

同じ社宅に住み六年生の女の先輩、ひかりさんとよく練習していました。

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この草むらが仮想ゴール。

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ここからは社宅エリア。

やはり関係者以外立ち入り禁止。

社宅内にもこんな風に、憩いの空間というか、ちょっとしたゆとりがたくさんあります。

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BBQでもやりたくなる感じです。

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僕ん家。

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でっかい犬がいた近所のおばさんち。

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親に叱られ、「出てけッ!」と怒鳴られた後、玄関出てすぐそこの階段の上に隠れてました。

でも探しに出た父親にすぐに見つけてもらえるように、わざと足を見えるように伸ばして隠れていました。

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いよいよお待ちかね、好きだった子の家。

たしか小学3年生の時に、震災の被害が酷かった神戸から転校してきた女の子。
転校初日に「家が近いから」という理由で一緒に帰ってあげてと先生に頼まれ、一緒に帰りました。

一緒に帰る、と言うには不自然な距離を取って帰りました。

僕が前、彼女が後ろ。

気の強い感じの子でした。

もう住んでいる人は変わってしまったようです。

誰だよ「よしだ」って(`□´)/=3

(もしかしたら、親は既に亡くなっていて、お嫁入りした後、名字だけ変わったとか…)

ま、遠い昔の話です。

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センチュリー大橋。

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高速道路を超えていく本当に大きな橋で、これを自転車で登って、サッカーの練習に行っていました。

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この向こうは限られた場所しか知りません。

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当時小学生の自分には、この大きな高速道路が住む世界の境界線でした。

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最後は、父親とサッカーの練習をした公園。

子どもができたら、こんな町に住みたい。

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